Sunday 29 March 2020

卓越したNPOになるために:サービスマーケティングとは?

前回の記事では、寄付者は「寄付の効果」で寄付先を選ぶべきか、「自分の好み」で選ぶべきか?というような議論について紹介しました。

一方で、寄付先を「誰かからのおすすめ・紹介」で選ぶことも想定されます。

自分だったら、と考えると、やはり寄付先として人に勧めやすいのは、

・きちんとした寄付者対応ができること

・卓越した活動を行っていること

だろうな、と思います。
ところが現実的には、

・寄付募集や寄付者対応は非常に力を入れており巧みである

・卓越した活動をしているかどうかはよくわからない

という団体もあります。

(これはNPOの世界だけに見られる現象ではなく、製品やサービスの質はともかく、営業やマーケティングが非常に巧みである民間企業が存在することからも、ごく普通のことだと思われます。特に、顧客の多くが一度きりしかその企業から購買しないような状況下では、顧客にリピート購買をしてもらうための製品・サービス品質向上努力が二の次になってしまうことが考えられます)

マーケティングをNPOが使う、3つ目の方向性


私は10年くらい前から、マーケティングという方法論をNPOで働く方々に研修やセミナー、コンサルティングのような形で提供してきたのですが、これまでは、主に下記の2つの方向性があると理解してきました。

1)NPOが、寄付者に向けてマーケティングを行う

NPOへの寄付者向けのマーケティングは、「ファンドレイジング」という言葉と重なる部分があります。このファンドレイジングという言葉は、日本ファンドレイジング協会の方々の活躍もあってこの10年でかなり知られるようになってきたと思います。

マーケティングの視点で自分たちや寄付者、その間の関係を見つめることで、多くのNPOが寄付体験をより良いものにしてきたと思います。また、ファンドレイジングという言葉の普及も、寄付を募ることの重要性や効果、その社会的責任をNPOが理解し、実践する上
で非常に重要だったと考えています。

2)NPOが、受益者に向けてマーケティングを行う


一方、NPOの受益者向けには、「ソーシャル・マーケティング」という分野があり、私は大学の頃はエイズ予防などを題材にこちらについても学んでいました。

これは受益者の「行動変容」を目的としており、NPOにとって、受益者の行動変容をどうやって促すか、という視点で役立ってきたと思います。残念ながら、日本ではソーシャルメディアによるマーケティングと混同されるなど、必ずしも認知度が高くないかもしれません。

近年は、行動経済学のNudge(ナッジ)という概念が注目されていますが、今後のソーシャルマーケティングは行動経済学の知見も取り込んで、より効果的なものになっていくことが期待されます。
(まさに今、コロナウイルス感染症への対策で求められているのも、このソーシャルマーケティングです)

3)NPOが、自らの事業を「サービス」ととらえてマーケティングを行う

そのような中で、これから自分が学び、NPOに対して提供していきたいのが、サービス・マーケティングという分野です。

私はこれまで、上記の1)と2)のマーケティングには携わっていたのですが、どうもNPOの活動そのものを、わかりやすく世間に理解してもらうことが十分にできてこなかった気がします。また、冒頭で挙げたような、「卓越したサービスを行うNPO」をマーケティングの力でつくりだしてこれたかというと、非常に反省しているところです。

そこで今後、大学院では、この「サービス・マーケティング」という視点も交えて、非営利組織を見つめてみたいと考えています。

サービス・マーケティングとは

製品の販売と、サービスの販売は様々な面で異なります。
サービスは、GDPのうちますます大きな割合を占めるようになってきています。

いわゆる「サービス業」だけがサービスマーケティングの対象であるわけではなく、様々な企業が「顧客接点」をサービスとしてとらえています。(たとえば、医療の世界においても、患者さんとの接点は「サービス」ととらえることができます)

サービスの特徴として、

1)無形性 サービスには形がない
2)同時性 サービスは、その生産と消費が同時に行われる
3)異質性 サービスはその提供者によって品質が大きく異なる
 (また、受ける側によっても受け取り方が大きく異なる)
4)貯蔵不可能性 サービスは貯蔵しておくことができない

などが指摘されています。

また、コトラーはサービスマーケティングミックスとして、4P(商品、価格、流通、販促)に加えて、3Pの重要性を指摘しました。

Personnel(人・要員)

顧客に接する人・要員は、仮にそれが業務委託先や取引先であっても、顧客からみると関係がないことも多く、それを踏まえて手を打つ必要があります。NPOにおいては、ボランティアマネジメントや職員への教育がこれに含まれます。

Process(プロセス)

上記で触れた「サービスの異質性」を踏まえ、より効果的な顧客対応を行うための業務プロセス・販売プロセスの検討が必要となります。業務プロセスを分析してより良い対応を行っているNPOは、この点を踏まえていると言えます。

Physical Evidence(物的な証拠)

サービスの無形性を踏まえ、期待を形成することや品質を可視化することを目的に物的な要素を用いること(ユニフォームや品質保証書など)を指します。NPOでは、お揃いのTシャツ等で活動への参加意識を持ってもらったり、といったことが行われていることもありますが、この部分はまだまだ活用のしがいがありそうです。

こうしたサービスマーケティングについては、下記の書籍が入門としておすすめです。



『サービス・マーケティング入門』


サービスマーケティング、一緒に学びましょう

私はこれまでのキャリアで、ソーシャルマーケティング(エイズ予防、環境対策)、法人向けマーケティング、ウェブマーケティング、ファンドレイジング等に携わってきたのですが、サービスマーケティングは全くの素人です。ましてや、NPOにそれをどうやって活用するのか、については完全にこれからです。

このブログでは下記のとおり、Facebookページも作っています。
また、Twitterでも情報を発信しています。

何かの方法でつながっていただき、本ブログの読者の方々と一緒に学んでいけることを楽しみにしております・・・!

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https://www.facebook.com/givingscience/

ファンドレイザーの方のためのおすすめ書籍です
https://watanabefumitaka.blogspot.com/p/blog-page_16.html?m=1

寄付を科学的に考えるための書籍リストです
https://watanabefumitaka.blogspot.com/p/blog-page_12.html?m=1

社会人で博士を目指す方へのおすすめ書籍です
https://watanabefumitaka.blogspot.com/p/blog-page_18.html?m=1

Friday 20 March 2020

寄付者にとって、「寄付の効果」と「自分の好み」のどちらが大切?

先日、近しい人が亡くなりました。がんでした。

新しい医学を目指す研究を支援する仕事についていながら、何もできなかったな、という思いを噛み締めています。

大学のファンドレイジング(寄付募集)担当者という仕事柄、高齢の寄付者の方の、訃報を受けることもあります。

医学研究の成果に期待されている闘病中の寄付者から、「何でもっと早くできないんだ!」と叱責を受けることもあります。


自分達のチームが寄付者の方々からお預かりした寄付を、研究者にどう使ってもらえば最も研究が進むのか?

もっと良い活用方法がなかったか?


当然ながら、寄付をどう活用するか考え抜いた上で「使途(使い道)」が設定されているわけですが、それでも、もっと研究に貢献する画期的な使い道はないのか?と考えてしまいます。

寄付の「効果的な使い道」についての研究がもっと必要


私がざっと検索・調査した範囲では、これまでの寄付研究は「人はぜ寄付をするのか」や「寄付を増やすにはどうするべきか」という問題意識のものが多く、「寄付をどう活用するか」というものはあまり多く見つかりませんでした。

著名な科学誌である『Nature』では、下記のように「寄付の有効な使い方についてのエビデンスがもっと必要だ」という記事が載ったこともあります。

https://www.nature.com/news/we-need-a-science-of-philanthropy-1.22100

近年、Effective philanthropy(効果的な慈善活動), effective altruism(効果的な利他主義)という主張が哲学や倫理学の分野から生まれてきています。

また、2019年のノーベル経済学賞は、(財源は寄付とは限りませんが)貧困の削減に対して実証的に取り組む研究が脚光を浴びており、こうした手法の応用も期待されるところです。

https://www.newsweekjapan.jp/amp/stories/world/2019/10/post-13229.php?page=1


寄付者にとっては、「寄付の効果」よりも「自分の好み」?

しかし、こうした研究の成果がファンドレイジングの実務に活かされているかというと、(ごく限られたケースを除くと)そうでもない、というのが日本の寄付募集の現状だと認識しています。

現に、寄付は(その寄付先や使い道が効果的であるかどうかよりも)個人的な好みで意思決定される傾向があるという研究もあります。

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0956797617747648

つまり、

・どうやって寄付の効果的な使い道をつくりだすことができるか
・それを寄付者の方々が好むかどうか
・それを好んでもらえるようにファンドレイザーはどうコミュニケーションすべきか

という3点が、重要な課題であると考えています。

私が博士後期課程で経営学(マーケティング)を選んだのは、科学的な研究をしたいということに加え、様々な研究成果を現場に活かす力をつけたいという考えがあってのことでした。

マーケティングは、顧客中心の考え方です。どんなに効果的な寄付の使い道であっても、それを(顧客である)寄付者が好まなければ、広がっていくことはないだろうと思います。

今回のコロナウイルス感染症のパンデミックにおいても、集められた寄付がどう使われるべきか、どうすればもっと多くの人の命を救えるのか、といった課題の検討は急務だと思います。


この分野に少しでも多くの人が関心を持ってくださり、議論が進むことを願っています。


それではまたー。










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Saturday 14 March 2020

大学の寄付募集:本部と部局の関係を考える

大学では、本部が募る寄付金と、部局(研究所・学部など)が募る寄付金があります。

部局が募る寄付金の例は、私がこれまで携わってきている「京都大学iPS細胞研究基金」など。大学にもよりますが、近年は総合大学だと多数の部局基金が設置される傾向にあります。

本部が募る寄付金の例は、「○○大学創立○○周年記念募金」などが一般的です。こちらは、どうしても部局が募る寄付と比べて、寄付者からすると使い道が漠然としているように感じられがちです。

本部と部局がファンドレイジング活動で競合してしまわないように分担を分けている大学もあれば、そのような調整がなかったことで企業から「○○大学は、しょっちゅう違う部局や本部が寄付を頼みにくる。どうなっているのか」とお叱りを受ける例もあるようです。

本部と部局の関係はどうあるべきなのか・・・そんな課題を持っている大学ファンドレイザーの方にとって、ヒントとなる論文があったので紹介します。

前回、論文検索に使っている検索ページのリストを公開したのですが、SAGEで、論文タイトルで検索すると出てくる論文です。
https://watanabefumitaka.blogspot.com/2020/02/blog-post_24.html?m=1

AMA(アメリカマーケティング学会)の、Journal of Marketingに出たもので、

「Developing Donor Relationships: The Role of the Breadth of Giving」

というタイトルです。

全文はアクセスできる方とそうでない方がおられると思いますが、概要はこちら。
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1509/jm.14.0351

・米国の大型公立大学の20年分の寄付データを利用して研究

・複数のイニシアチブに寄付している寄付者は、次回の寄付をする確率が高く、寄付額が大きく、ネガティブなマクロ経済的要因に左右されにくい

・初回寄付の段階では多くの寄付者が1つのイニシアチブに寄付し、寄付者の内在的な要因が強く作用する

・寄付者と大学の関係が発展するにつれて、大学側の働きかけが影響して複数のイニシアチブに寄付するようになる

・フィールド実験によって、非営利組織側が働きかけることで寄付の幅を広げる(より多くのイニシアチブに寄付すること)よう促すことができることを実証


「イニシアチブ」を大学における個別の部局基金だとすると、複数の部局基金に寄付していただけるように促すことが、寄付者との長期的な関係を築くうえで重要(そしてそのような寄付者はより大学に対してサポーティブになる)という仮説が成り立ちそうです。

また、本部の寄付募集に比べて、フォーカスの絞られた部局の寄付募集は有利な条件にありますので、まずは特定部局の寄付募集活動を通じて寄付者になっていただき、その後で大学の多面的な魅力を知っていただくことで本部への寄付、他部局への寄付についても検討していただくという戦略がありえるのでは、と思います。

大学の本部と部局は、寄付募集においてどのように協力するべきか?

日本の大学でも課題になりつつあるこの問いに、こうした研究を読んでいくことによってより妥当な答えが出せるようになりたいです。

実務の合間のパートタイム研究者なので、歩みは亀くらいのスピードではありますが・・・。



『日本の寄付を科学する 利他のアカデミア入門』の執筆に参加しました

坂本治也先生編著『日本の寄付を科学する 利他のアカデミア入門』のうち、2つの章を執筆しました。 2023年12月8日が出版予定日です。11月27日現在、下記のとおりAmazonから現在予約できる状態になっています。 私は、 第10章 分野によって寄付行動に違いがあるのはなぜか? ...