Wednesday, 30 December 2020

マーケティング・ファンドレイジングにかかわる人に贈るすごい本1:『エフェクチュエーション 市場創造の実効理論』

マーケティングを専門として仕事をしていくうえで必要な「何か」を独学でを身につけようと数年間もがいていた自分にとって、今年の大学院進学は革命的な出来事でした。

これまで全く知らなかった、かつ自分の仕事や関心に直結する概念・書籍・資料に出会う密度が全く違うのです。

そのようなものとの出会いは、簡単に判断できます。

出会ったとたんに、一気に興奮するのです。

今年、マーケティング・ファンドレイジング(非営利組織の寄付募集)の観点から興奮したいくつかの書籍を紹介します。

本日は一冊目。

『エフェクチュエーション 市場創造の実効理論』です。




エフェクチュエーションとは?


エフェクチュエーションは、熟達した起業家の意思決定の特徴から見出された論理です。
多くの熟達した起業家は市場調査から事業をスタートするのではなく、いま選択できる手段を定義すること(自分は誰で、何を知っているか、誰を知っているか)からスタートし、偶発的に起きる事象を活用して、事業をつむいでいける行動を選択します。継続的に新しい機会をつくりだし、それを有利に活用しようとします。

私が2006年から2013年まで働いていたアミタという会社では「ブリコラージュ」という(文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの)言葉で同様の概念が説明されていたのを思い出して驚いているところです。

この見方は、ビジネスにおける「意思決定理論」の有効性について疑問を呈するものです。

私は、完全競争市場を前提とした理論から導出されている経済学的な意思決定を、人間の限定合理性によって修正するという行動経済学的なアプローチに大変魅力を感じてきました。

しかし、エフェクチュエーションは、現実世界の意思決定から帰納的に構築された理論であり、より実用主義的であると感じます。

エフェクチュエーションの5つの原則


エフェクチュエーションによる戦略は、未来が予測不能で、目的が不明瞭で、環境が人間の行為によって変化する場合に有効である、といいます。
熟達した起業家の行動パターンから抽出されたエフェクチュエーションは、以下のような原則で表現されることが多いようです。

「手中の鳥」の原則

  自分たちがいま何を持っているのか、誰を知っているのか、からスタートする。

「許容可能な損失」の原則

  小さな、許容可能な損失で済むような失敗を繰り返して学習し、やがて飛躍する。

「クレイジーキルト」の原則

  コミットする意思を持つ関与者と交渉し、パートナーシップを作り上げていく。

「レモネード」の原則

  予定になかったこと、想定していたかった事象を活用し、チャンスに変えていく。

「飛行機の中のパイロット」の原則

  コントロールできる範囲においては、予測が立たなくても進んでいける。

優れたファンドレイザーの行動を説明できる?

エフェクチュエーションの論理は、これまで、ファンドレイジング(および優れたファンドレイザーの行動パターン)と、教科書的なマーケティング論の間に横たわる溝として感じてきたものに、非常に大きなヒントをくれました。

グロースハックという概念とも似ていると思うのですが、優れたファンドレイザーはマーケティングの教科書に示されているような思考とはずいぶん違った形で寄付を募っていくように思われます。

自分や組織の思いを人との対話の中で確立していき、人間関係を「わらしべ長者」のようにたどりながら、いつの間にか大きなチャンスを手にしている。そんなあり方をうまく説明できるように思われます。

また、日本ファンドレイジング協会のテキストと、マーケティングの教科書が本質的に違う方法論を示しているように思われることについても、説明がつくのではないか・・という直感を抱きました。これは、詳細にみていきたいテーマです。

「市場」の新しい見方を提供する


この書籍は、「一人ひとりがより良く生きるための道具としての市場」という見方を呈示するものであり、この考え方に(研究者や実践者というよりも人間として)賛同するところです。

著者は、あらゆる市場を「究極的には人々の希望の中に存在する市場」であるとし、また「製品やサービスを営利セクターと非営利・ソーシャルセクターに分けるような考え方は、不必要であり意味がない」という主張をしています。

アメリカの経済学者であるマンサー・オルソンの説を引きながら、「市場は、政府によってつむぎ出された人工物である」という考え方を示し、その市場を拡張していくような政府の重要性と、そのような政府の中で働く人々の起業家的な価値を指摘し、その人々にとってエフェクチュエーションが有益であるということを説いています。

この部分は、寄付市場をどう健全に育てていけば良いのか、という自分自身の問題意識や、どうすれば再生医療市場を「患者さんに最も早く、かつ広く新しい治療を届けるものにできるのか」というiPS財団で抱いている問いにとって、大きなヒントになります。


自分がいま執筆している論文にとって直接に関連する書籍ではないのですが、大変なインパクトを与えてくれる本であるのは間違いないと思いました。


ところで、大学院で受ける恩恵は誰のもの?


大学院生はブログなどを書くよりも論文を書くべきで、このような形で学んだことを共有することは、すぐれた研究者のすることではない、という見方もあるかもしれません。

しかし、4月からの9か月間、大学院生として学んできて、自分が受けるこうした恩恵を自分のためだけに保持するのは罪かもしれない・・・と思うようになりました。

大学が税金をはじめとする公的な資源によって運営されている以上、そこで得られた恩恵は社会全体のもの、と言えるように思います。

まして、自分は大学への支援を呼びかけることを職業とする者です。

少しでも、自分が大学という場から得たものを発信していかなければと思う次第です。

『日本の寄付を科学する 利他のアカデミア入門』の執筆に参加しました

坂本治也先生編著『日本の寄付を科学する 利他のアカデミア入門』のうち、2つの章を執筆しました。 2023年12月8日が出版予定日です。11月27日現在、下記のとおりAmazonから現在予約できる状態になっています。 私は、 第10章 分野によって寄付行動に違いがあるのはなぜか? ...