いま読んでいる論文の中に印象的な一節があったので、ブログで共有したいと思います。
「ファンドレイザーは純収益(利益)の最大化を目指していない、ということを考える強い理由がある」
これは、下記の論文の中で見つけた文章でした。
Andreoni, J., & Payne, A. A. (2011). Is crowding out due entirely to fundraising? Evidence from a panel of charities. Journal of Public Economics, 95(5–6), 334–343. https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2010.11.011
企業のマーケティングは、限られたリソースの中で、売上、利益、顧客獲得の効率などの「最大化」を目指します。
それに対して、非営利組織のファンドレイジング(寄付募集)はそうではないというのです。
いったいどういうことなのでしょうか。
この論文は「クラウディング・アウト」に関するもの
そもそもこの論文は、「政府からの助成金が非営利組織に与えられたとき、その団体への寄付金が減る」という現象(これは「クラウディング・アウト」と呼ばれます)についてのものです。
古典的には、クラウディング・アウトは、寄付者がたとえば「あの組織には政府から十分なお金が入ったから、自分がこれまでと同じような額を寄付する必要はないな」と思ってしまうことに起因すると考えられてきています。この論文は8000以上もの団体のパネルデータを用いて分析しており、たしかに、その面もあると記しています。また、逆に助成金を得ることによって寄付金が増える(クラウディング・インが起きる)ケースもあるとのことです。
しかし、この論文の主なメッセージは、上記に加えて、「政府からの助成金をもらった後に、非営利組織が寄付募集活動を減らしてしまう」という要因が、クラウディングアウト現象に対してより強く影響している、ということです。
非営利組織は、「お金が集まれば集まるだけ良い」というわけではなく、実施すべきと考えている事業のために必要な資金を確保することを目指しているわけなので、助成金を得た後に寄付募集の努力を減らしてしまうという行動は合理的です。
助成金が「穴埋め」になってしまう?
しかし、助成金を出す側としては悩ましい問題に直面します。
政府が助成金を出すと、その分非営利組織が資金調達の努力を弱めてしまうので、結果的に、寄付の減少を助成金が穴埋めしているような状況になってしまうわけです。
この論文では、助成金を受け取る非営利組織に対して、その助成金の(全額とは言わないが)ある程度の割合と同額の寄付を募るように義務づける、等の打ち手を推奨しています。
この記事では、この打ち手が良いとか悪いとか、といった議論には踏み込みません。
ただ、少なくとも、クラウディング・アウトという現象が広く観測されるということは、政策立案者や非営利組織のファンドレイザーやリーダーは、把握しておくべきだと考えます。
マーケティングとファンドレイジングの違いのひとつ
これまでの文献で、マーケティングはしばしば社会的な問題を引き起こしてきたということ、非営利組織の担い手がマーケティングに対して嫌悪感を抱いているということもあることが下記の論文でも指摘されています。
若林靖永(1999)「非営利・協同組織のマーケティング―ステイクホルダー・顧客対応・社会変革―」角瀬保雄・川口清史編『非営利・協同組織の経営』p152-153、ミネルヴァ書房
感情的な面でも、非営利組織にマーケティングの考え方を導入するのは難しい。上記の論文は1999年に書かれたとは思えないほど、2021年現在でも当てはまる様々なハードルとその対処法が描かれています。
企業と非営利組織のマーケティングは様々な点が異なるわけですが、「ファンドレイザーは収益の最大化を目指さない」という前提を見落としていると、民間企業のマーケティングを非営利組織のファンドレイジングにそのまま導入しようとしてもうまくいかない、ということになってしまうことが予想されます。