Saturday, 9 July 2022

シンポジウム「Beyond Capitalism ~拡張する社会的共通資本~」について考えていること

京都大学の「人と社会の未来研究院」に、「社会的共通資本と未来寄附研究部門」という研究部門ができました。

その創設記念シンポジウム「Beyond Capitalism ~拡張する社会的共通資本~」が、2022年7月23日(土)に開催されます。オンラインで、どなたでも申し込めば無料で視聴できます。

私も少しだけ登壇させていただき、「寄附と利他行動の未来」と題してお話をする予定です。

申込締切は、7月20日(水)17時とのこと。

下記ページから申し込みができます。

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/event/2022-07-01-0

さて、今回の記事では、このシンポジウムの議論のための自分の予習内容を少し共有させていただきます。

それによって、当日参加される人が、よりおもしろく議論を聞いていただけるようになったら幸いです。


社会的共通資本とは?

社会的共通資本の概念を提唱された宇沢弘文先生の『宇沢弘文の経済学 社会的共通資本の論理』によると、社会的共通資本とは、

「1つの国ないし特定の地域が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境、社会的装置を意味する」(p45)

とされています。

社会的共通資本には、

「土地をはじめとする、大気、土壌、水、森林、河川、海洋などの自然資本」

「道路、上・下水道、公共的な交通機関、電力、通信施設などの社会的インフラストラクチャー」

そして

「教育、医療、金融、財政制度などという制度資本」(p47)

があります。

いずれも、私たちの生活にとって、非常に重要な存在ですよね。


「社会的共通資本から生み出されるサービスは、無料またはきわめて低廉な価格によって供給されるのが普通」(p68)です。

その意味で、「社会的共通資本から生み出されるサービスは、経済学にいう『公共財』(public goods)の一種と考えられる」(p68)とのことです。


公共財の供給における「政府の失敗」

ここで、議論を非営利組織論に移していこうと思います。『はじめてのNPO論』によると、

「限られた財源のもとで政府が(準)公共財を供給しようとするとき、(中略)政府が供給する(準)公共財は、投票者の過半数が望むものに限られてしまい、それ以外の人が望むものがまったく供給されないか、過少にしか供給されないという『政府の失敗』が生じてしまいます。」(p44-45)

つまり、政府が財源を支出して管理する社会的共通資本からのサービスについて、ある人々は自分のニーズに沿ったサービスが十分に得られない、という状況が起こり得るわけです。

そんなときに人々はどうするか。

「家計が欲する(準)公共財を政府が供給しない場合、または政府が供給してもその内容(質)などに満足できない場合、同様の選好をもつ人たちが組織をつくって自ら供給することがあります。この組織がNPOです(Weisbrod[1975])。」(p45)

つまり、NPOをつくるというわけです。

通常、税金の使い道を政治的なプロセスによって決定することで、社会的共通資本の維持や管理に、それぞれどれくらいのリソース(人やお金)を投入するかが決まります。

しかし、そのプロセスではカバーできないニーズに応えたい場合や、そもそも何かの公共財が必要と分かっていても政治的な合意が形成できない場合があります。

そんな場合には、小回りの利くNPOが政府からの助成や寄付金などで公共財を提供する、と言われています。


寄付を、緊急的な人道ニーズに応えるための寄付(Charity)と、将来のより良い社会のための投資としての寄付(Philanthropy)に分けて考える(Frumkin, 2008)と、Philanthropy的な寄付は社会的共通資本を維持・管理するための財源として期待できるのではないだろうか、というのが私の考えていることです。

CharityとPhilanthropyを分けて考えることにメリットがあるのか、については最近公開いただいた日本NPO学会のディスカッションペーパーで詳しく論じていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください(英語です)。

https://janpora.org/dparchive/pdf/20220624J.pdf


さて、ここからは、今回のシンポジウムで私が楽しみにしている各講演をされる先生方について私の認識を記していきたいと思います。


基調講演で紹介される「協生農法」

基調講演をされる舩橋真俊さんは、協生農法という革新的な技術を研究されています。

協生農法については、下記の記事が一般の人や私のような専門外の者にとってわかりやすかったです。

https://ideasforgood.jp/2021/06/23/syneco-culture/

私はこちらの協生農法実践マニュアルを最初に読んだのですが、衝撃を受けました。

拡張(Augumented)生態系という概念についてもお話をされるとのこと。

当日が、大変楽しみです。

なお、下記の動画はブルキナファソでのプロジェクトが描かれており、かなりインパクトがあります。わずか1年で、砂漠が密林になっています

私は学生時代にウガンダに滞在していたので、非常に強い衝撃を受けました。


砂漠に住む飢えた人に食料や水を供給するために行う寄付がCharityとして分類できるでしょう。

一方、砂漠における協生農法を寄付で支援する場合、それはPhilanthropyだと言えます。

そして、これはその地域に必要な(社会的共通資本としての)自然資本を整備する活動に他ならないと言えるでしょう。


宇沢弘文先生と小島寛之先生のこと

私にとってはお二方とも書籍や論文を通じてしか存じ上げないのですが、社会的共通資本の理論を提唱された宇沢弘文先生についての『宇沢弘文の数学』などの書籍がある小島先生が今回のシンポジウムに登壇され、「経済学からみる社会的共通資本」と題して講演されます。


この『宇沢弘文の数学』という本は、本当に刺激的であるだけでなく、感動する本です。

小島先生が数学を学び、一度社会人になられ、その後市民講座のゼミナールによって宇沢先生と出会い、経済学にほれ込んで研究者となったプロセスは、特に私のように社会人大学院生をしている者にとっては非常に励まされる内容でした。

第6章では「二一世紀の宇沢理論―小野理論・帰納的ゲーム理論・選好の内生化」と題して、宇沢先生の理論の進化を展望されています。

お金の保有そのものから得る効用

小野理論は小野善康先生の理論のことを指しており、

「お金などの資産保有にも効用がある」(p176)

と仮定していること、また

「その追加的な効用が『非飽和』である、という条件」(p179)

が特徴的だといいます。これを小島先生は、わかりやすく

「日常的表現で言えば、『消費には飽きがくるが、カネには飽きがこない』ということだ」(p179)

と記述されていますが、これは寄付の研究を行う者としては非常に興味深い話です。

資産保有による効用と、それを寄付によって手放して社会貢献することで得られる効用。

この2つを比べたときに、後者が大きくなるのはどのような条件下においてなのでしょうか?

興味は尽きません。


選好の内生性とマーケティング

また、もう1つ宇沢理論の進化の方向性として提示されている「選好の内生化」も、見逃せない点です。

「『選好の内生化』というのは、人々の認識や嗜好というものが、個人の内面に最初から存在し、確固として変化しないものではなく、社会的に醸成され変容するものとする考え方」(p204)だといいます。

経済モデルにおいて、選好は外生的に与えられるものとされていることが多いわけですが、マーケティング研究においては違います。

そもそもマーケティングは、消費者の選好を変化させることを目的としてなされる行為だと言えます。

マーケティングは、現代の大量生産・大量消費社会を形成したという功罪がある方法論であり、宇沢先生がご存命ならば眉を顰められるかもしれませんが、私は小島先生の書籍を読んで、社会的共通資本の研究にマーケティング研究者が関わることの可能性を見出したところです。

(ちなみに小島先生の『使える!経済学の考え方―みんなをより幸せにするための論理』もおすすめです)


広井良典先生とポストコロナ社会

次に登壇される広井先生は、『コミュニティを問い直す』などの書籍で存じ上げていた先生です。

最近では、日立コンサルティングとの共同研究で、AIを活用して2050年に向けて2万通りのシミュレーションを行った研究が衝撃的なものでした。

http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/20210226_hiroi/

これを踏まえると、日本社会の未来の持続可能性にとっては、「都市・地方共存シナリオ」が最も望ましいようです。

そこに至るには、「働き方や人生のデザインを含む包括的な意味での『分散型』社会に向けた対応」が重要になるとのこと。

http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/02/439bd40da9a48fd5f27df24f5c55bb4e.pdf

この研究によると、2024年までに、人口の「集中緩和・人口改善」に向かうための政策を実行するべきとのことです。

広井先生は「ポスト資本主義のビジョン」と題して講演されるため、上記研究に触れられるかどうかは分かりませんが、いずれにせよお話をお伺いするのが非常に楽しみです。


寄付と利他行動の未来

以上をふまえると、

税金の使い道を、東京のごく一部の人々で中央集権的に決めて、社会的共通資本を整備する

という考え方だけではなく、

各自治体やコミュニティが分散的に資金を確保して、社会的共通資本を整備する

ということが重要なのでは、と思う次第です。

『寄付白書2021』に執筆協力させていただいた際に、新型コロナウイルス感染症の流行下で、1000万円以上・1億円以上の寄付が寄せられたという報道が多く見られた非営利組織は、

「自治体」

であったことが分かりました。

https://jfra.jp/wp/wp-content/uploads/2021/11/GJ2021_infographic.pdf

日本の個人金融資産は2000兆円あります。

日本の寄付市場は現在のところ1.2兆円/年(名目GDP比0.23%)という規模ですが、もしも英国並みの名目GDP比(0.47%)になるならば、これは倍増してもおかしくありません。

米国並みになるとすれば、6~7倍くらいの成長余地があるということになります。

日本の税収が67兆円/年だということを考えると、無視できない規模です。


当日は、こうした寄付の重要性を踏まえて、これからの社会にとって寄付が果たすべき役割や、利他行動をどう考えていくべきなのか、を考えたいと思います。


気づけば、本ブログ史上、最も長い記事になったかもしれません…。

ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございました。


7/23のシンポジウム、下記ページから申し込みができます。ぜひご覧ください。

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/event/2022-07-01-0