Sunday, 24 May 2020

高額寄付を阻む(少なくとも)10の要因

先日、著名YoutuberのHikakinさんがコロナウイルス感染症に対応する医療従事者のために自ら1億円を寄付して「コロナ医療支援基金」を設置、加えて寄付を呼び掛けはじめました。


まだ数日しか経っていませんが、大変な額の寄付が集まっています。



私は、ちょうど「高額寄付を阻む要因」について文献調査をしていたということもあって、今回の寄付にたいへん感銘を受けました。

個人による高額寄付を阻む要因は、後述のように非常にたくさんあります。それを乗り越えてこの寄付をされたHikakinさんに敬意を表したいと思います。

せっかくなので、今回のCOVID-19に対する寄付に限らず、高額寄付を阻む様々な要因について調べたことを記載しておこうと思います。

ざっと文献を読んだだけで少なくとも10個は挙げることができて、これは先が長いな・・・と思いつつあります。

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Major gift(高額寄付)を阻む要因


寄付はマーケティング上、「顧客」が価格を決める珍しい「商品」である。したがって、高額寄付(本稿では仮に100万円以上と考える)をしうる人々を同定(Prospect researchという)した上で関係を構築し、適切な金額の寄付を依頼することが寄付額を向上させる上で重要である旨が、米国の実務者向けのテキストでも強調されている。

一方で、高額寄付の検討者はいくつかの意思決定上の困難に直面していることが先行研究から見て取れる。本稿では、既存の寄付研究(主にマーケティング・行動経済学)から、高額寄付を阻む要因について概観する。

1.寄付の分類

本稿では、寄付募集についての実務者向けの米国のテキストを参考に、下記2つの分類を採用する。これは、下記がマーケティング上、異なる戦略を要すると思われることによる。

Charity
 困窮者への支援。現在の受益者のニーズに対する感情的・衝動的な寄付。震災の被災者支援など

Philanthropy
 より広い概念で、良い社会に向けた支援一般を指す。社会課題の原因を緩和・解決する、相対的に高額の、合理的検討を要する寄付を含む。


2.先行研究からみる高額寄付の阻害要因と対応の例


1)取引費用

 個人が高額寄付を行う際には、法人が寄付を行う場合と比べて相手方の非営利組織について情報を得る手段が限られており、ふさわしい寄付先を探索するコストがかかる。また、高額寄付には有価証券や不動産を含むことがあるが、こうした資産を現物で受け入れられる非営利組織が少なく、その換価処分にかかる手間が障害になることも想定される。遺贈寄付においても、遺贈寄付を行うためにかかる諸費用(弁護士・信託銀行等に支払う手数料)が心理的なネックになるだろう。また、遠隔地にある寄付先に高額寄付を行う際には、やはり現地を見たいと思うかもしれないが、交通費や時間などのコストが事前にかかってくる。こうした費用は取引費用(Transaction cost)としてとらえることができ、それを嫌って寄付検討者が高額寄付を決めきれない可能性がある。家族間の合意形成などにも相応のコミュニケーションコストがかかるが、これも取引費用ととらえることができる。

 これに対しては、高額寄付検討者に対して非営利組織が情報を積極的に開示すること、遺贈の諸費用の一部を非営利組織が負担できるスキームを構築すること、寄付検討者が周囲に説明・説得するための材料を提供することなどが対応策として考えられる。

2)「有効性感覚」の欠如

 政治的有効性感覚(Sense of political efficacy)とは「自らが行動することで政治に一定の影響を与えることができる」という信念を指す。『寄付白書2017』における分析によれば、この有無は、寄付・ボランティア行動率との間に強い関連性がある。日本では社会貢献意識を持つ者の割合がこの40年で大きく増加しているが、寄付・ボランティア参加率は同様の増加を見せておらず、政治的有効性感覚を高める教育が重要であるという。
 また、最近の研究[1]では、寄付の有効性に関する知覚(Perceived donation efficacy:PDE)が寄付に影響するとの報告がある。逆に言えば、寄付が有効に活用されて社会的な課題を解決するだろうという予測が立たなければ、高額寄付は発生しにくいことが想定される。

 これに対応するためには、高額寄付検討者に対して、その支援によって何が具体的に実行できるかを体験的に伝えること、寄付によって大きな望ましい影響が発生したという寄付者の体験を事例としてコンテンツ化することなどが対応として考えられる。

3)時間割引

 人間は、時間的にすぐに与えられる報酬ほどその価値を大きく感じ、逆に報酬の与えられる時点が遅くなると感じる価値が減少していくという性質を持っており、これを「時間割引(Time discounting)」という。Charityに比べてPhilanthropyは成果が出るまでに時間がかかる寄付であり、高額寄付の阻害要因になると考えられる。

 対応としては、寄付を活用した事業の成果が出るまでのプロセスの発信や、寄付直後に寄付者銘板を設置することで寄付者を顕彰することなどが考えられる。

4)限界効用の逓減

 寄付によって得られる満足度は金額とともに直線的には上昇せず、単位費用あたりの効用は逓減していく。したがって、100万円の寄付の2倍の満足を200万円の寄付で得られると感じない人が多いと思われる。

 対応としては、一定の金額を超えた寄付に対して心理的な特典(称号等)を付与することが考えられる。

5)情報の非対称性

 寄付先の事業が寄付者にとってなじみのないものである場合、寄付者と非営利組織の間の情報の非対称性が高くなる。その結果、質の高い事業を行う非営利組織もそれを反映した寄付額を受け取れなくなる。また、寄付者をプリンシパル、非営利組織をエージェントと考えた際には、寄付者が寄付の活用状況を監視するコストが高すぎるために、非営利組織が自己の利益を優先した行動をとる(寄付の使途を勝手に変更する、効率的な組織運営を怠る等。agency slackという)可能性を恐れて寄付に踏み切ることができない場合もあると想定される。

 対応としては、試しに一度寄付していただく(test givingという)ことを促進したり、ボランティア活動(委員への就任等)への参加によって組織の内情を理解してもらうとともに信頼を構築することで、情報の非対称性を低くすることが考えられる。Hikakin氏は今回の寄付に至るまでにすでにCOVID-19に関する対談などを複数しており、寄付先との間の情報の非対称性が低まったと思われる。

6)純粋な利他性を求める社会規範とその内面化

 日本におけるCOVID-19に対応するための寄付に関する記事で、日本人は、寄付が純粋な利他性に基づくべきだという社会規範を(他の先進国の国民よりも相対的に強く)持っているという指摘が東北学院大学の佐々木周作准教授によってなされている。
 こうした社会規範を内面化している個人は、「自分が満足するために行う寄付」を否定してしまい、これによって寄付行動が阻害されることも想定される。また、こうした社会規範が強い社会では、寄付行為を開示しても賞賛されることが少なく、寄付による名声からくる満足を寄付者が得られないことになる。

 対応としては、非営利組織の内部だけで寄付の事実を公表して構成員からの感謝の声を届けることや、ファンドレイザーが寄付検討者との対話のなかで内面化された社会規範を自覚してもらい、今回の寄付の検討においてそれを適用すべきかを考えてもらうことなどが考えられる。

7)参照点に関する情報の不足

 日本では富裕層がどれくらいの額を寄付すべきか、自己の資産のどの程度の割合を寄付するべきか、という基準になる参照点(Reference point)に触れる機会が少ないため、高額寄付の「相場」が分からない場合が多いと想定される。また、前述の6)により寄付者が自己の寄付行為を表明した場合に誹謗中傷されるならば、寄付者は自己の寄付行為を開示しないかもしれない。この場合、寄付検討者は参照点となる情報を得られないことになる。

 対応としては、寄付者特典が付与される高額寄付のラインを明示することによって参照点を提供すること、これまでの同様の属性の寄付者の平均的な寄付額などを情報として提供することなどが考えられる。

8)認知と仲介者の不足

 寄付検討者にその存在を知られていない非営利組織は、寄付先の候補になることはなく、高額寄付を受け取ることはできない。そのため、認知度の高い寄付先に高額寄付が集中する傾向がみられる。また、寄付先の比較サイト等の充実度も日本は米国に及ばない。

 これは、非営利組織側が認知度の向上に努力すること、その人に合った寄付先を紹介できる仲介者が活動を活発にすることで対応できる。COVID-19対応でいえば、三井住友信託銀行が開始した「新型コロナワクチン・治療薬開発寄付口座」は仲介者の不足を解消する試みだと位置づけることができる。

9)非営利組織側のキャパシティ不足

 高額寄付検討者は、小口寄付の検討者よりも、寄付をする際にスタッフの人柄などを考慮することが知られている。スタッフへの教育の不足により、問い合わせの電話やメールへの対応が適切になされない場合は、高額寄付の障害になりうる。また、非営利組織側の規模が小さく、大きな額の寄付を受け入れて活動を展開できるようなキャパシティがない場合も想定される。自分たちの組織の規模にとって不釣り合いな高額寄付を受けることは、組織運営上のリスクを伴う。

 これに対応するには、スタッフの教育に力を入れること、まずは小口寄付や助成金などの他の財源を使って組織キャパシティを高める、高額寄付の一部をキャパシティビルディングにあてさせてもらう等の方法が考えられる。

10)管理費用に対する忌避

 上記の9)のような場合でも、高額の寄付を分割交付し、一部の資金を活動そのものではなく管理費用(職員の採用活動と人件費、情報システムの構築、事務所の拡張など)にあてることができれば、非営利組織のキャパシティが向上してその後に交付される寄付金を有効に活用できるだろう。しかし、寄付検討者の管理費用への忌避(overhead aversion)が強い場合は、管理費用を自前の財源から支出できる非営利組織だけしかその高額寄付を受け入れられない、ということになる。

 これに対する対応としては、管理費用の重要性を説明することや、一部を管理費用にあてることを宣言した寄付の受け皿を設定することなどが考えられる。また、管理費用を忌避しない寄付者からの寄付を予め確保して管理費用にあてておくことによって、その後の寄付募集では寄付の全額を活動そのものにあてることができるというアドバイスを行っている論文[2]もある。



[1]Carroll, R., & Kachersky, L. (2019). Service fundraising and the role of perceived donation efficacy in individual charitable giving. Journal of Business Research, 99, 254–263. 

[2]Gneezy, U., Keenan, E. A., & Gneezy, A. (2014). Avoiding overhead aversion in charity. Science, 346(6209), 632-635.


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Monday, 4 May 2020

寄付をするときは、自分の気持ちに耳を澄まして

COVID-19の影響に対応するための様々な寄付キャンペーンが立ち上がっています。

おそらく、ソーシャルメディア上で他の人が寄付をしていることを知ったり、寄付を頼まれることも多くなったりするかもしれません。

私も本職はファンドレイザーであり、教科書には「寄付は堂々と依頼するべし」と書いてあったり、「寄付を集めるにはまず仲間づくりから」等という考え方があったりするわけですが、これらについてはちょっとした疑問を持っています。

というのも、ピア・プレッシャー(仲間との相互監視で生じる同調圧力のこと)が寄付の満足度を下げる、という研究があるからです。


Reyniers, D., & Bhalla, R. (2013). Reluctant altruism and peer pressure in charitable giving. Judgment and Decision Making, 8(1), 7-15.


このような論文を読むたびに、ファンドレイザーの役割とは何だろう、と考えます。

「ピア・プレッシャーをかければ寄付が集まりやすい、だから寄付検討者にピア・プレッシャーを感じてもらえる環境をつくろう」

というファンドレイザーがいる団体に、寄付をしたいと思うか。

もし自分が寄付を考えている立場だったら、ちょっと厳しいなと思います。

もちろん、ファンドレイジングを「必要悪」とみなして、人の命を救うために何がなんでも期限までに必要な額を集めるんだ、そのためには法に反さない範囲でどんな方法でも使うんだ、というファンドレイザーもいるでしょう。

どちらかというと、ピア・プレッシャーがかかりがちな状況においては、寄付検討者には「寄付をするか決めるのは後日でも大丈夫ですよ」と声をかけてあげた方が、倫理的に妥当なのではないかと思います。

(そして、このような悩ましい戦術を使うかどうかを悩むような場面を予防するために、戦略をしっかり考えて布石を打っておくということが必要なのだろう、と思います。実務をしていると、戦略のミスは、戦術では基本的には取り返せないと日々感じます)


一方で、ピア・プレッシャーには良い面もあると考えています。

寄付によって得られる嬉しさを、寄付検討者が事前に正確に予測できるとは限りません。

ピア・プレッシャーによって背中を押されて試しに寄付してみたら、「寄付して良かった!」と思えたという場合も想定されると思います。
ただ、こうしたポジティブな状況をつくるためには、寄付を受ける側に相応の心構えと組織的な能力が必要とされるようにも思います。



寄付をするときは、自分の気持ちに耳を澄まして。

それが、きっと寄付者にとっても、長い目で見れば団体にとっても、良い結果を生み出すと信じています。


今日も走りました。健康第一。



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